読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

短歌バトル2017本戦歌まとめ

各短歌会がTwitterに流していたものをまとめました。

「第3回大学短歌バトル2017――学生 短歌会対抗 超歌合」での本戦歌です。

ダッシュの部分は作者不明・未公開です。

 

 

外大短歌会
淫乱の神に夜空へ放たれて恵みのようにししゃも降るなり/中山かれん
あざやかに花の名前を掠めとり君は世界を原始にかえす/神谷俊太郎
懐かしい夢からさめる感触は燐寸の消える一瞬に似て/北島洋
昏がりに鈍くブーツの音はあり革命前夜春しびれゆく / 神谷俊太郎
羽がふわふわと舞い落ちてローソンの李さんと一緒に寄り目をつくる / 中山かれん
お客さんの手渡す小銭が冷たくてきっと歩いて来たんだろうな / 北島洋
「色白も歓迎」の日サロバイトにはタヨーセイ要員のまみこ / 中山かれん
流氷が来るのと言って海へ行くあなたを送る春の最中に / 北島洋
極北の都市の名前を呟けば舳先はそっと大陸を指す / 神谷俊太郎
 
全人類の母になりたい欲望を殺して晩のししゃもを運ぶ/桜望子
ひとりきり菜の花畑に寝転んだ名前にくさかんむりが欲しくて/乾遥香
アイドルがセックスしても夢は夢 目覚めたら東京も朝だよ/佐藤まどか
一日中履いてたブーツ脱ぎ捨てれば足が地球に触れててこわい/乾遥香
唇ぶつけて「へたくそ」って泣いて君と一緒に切羽詰まりたい/佐藤まどか
砂浜で拾う銭貝渦の中あなたをみつけてあなたをください/桜望子
絵日記の終わりみたいな日の午後だ ふたりで閉じた朝顔数え/桜望子
でいいって言われて歪む遊歩道聞き流せないことが増えてく/乾遥香
ユーラシア大陸一の幸せをちょうだい、あれだよ星形のピノ/佐藤まどか
聖母マリアになりたくて処女になる十五の夏のブログを消して/佐藤まどか
今日の庭、あなたが出土しないかな 聖火のように咲くゼラニウム乾遥香
信じきれなかった神さま許してよ聖書の代わりに太宰を開く/桜望子
 
大阪大学短歌会
焼きししゃも食む警備員 本日の夜間外来は銀のしずけさ/佐原キオ
「前職は手品師でして」渡すとき名刺を一度裏返す癖/あかみ
淫夢見ぬ夢精の感覚のこしつつ遅れてはじまる校長訓話/渡邉瑛介
昨晩の靴用カイロがあたたかいままのブーツで踏みつける柚子/あかみ
カラス飛ぶとき抜け落ちる羽ペンの軌跡が描く都市の輪郭/渡邉瑛介
わが体暴かれるとき銭湯のロッカーキーは光を湛う/佐原キオ
まっさらな貸出カードを秘めたまま日に焼けていく文学全集/あかみ
科学者の臓器は貨物室のなか その熱攫ってゆけ乱流よ/渡邉瑛介
延々と忘れられなきオニユリは母の朱硯の陸のよそおい/佐原キオ(ルビ 陸:おか)
本棚に新約聖書持つひとの故郷とおくて蝋燭の火に/あかみ
しめやかに高音域を響かせて夜の聖歌はそれだけで雪/佐原キオ
聖職者だったらやべぇカレーうどんクレリックシャツの襟に飛ばして/渡邉瑛介
 
神戸大学短歌会
あの川辺で手を繋いだはずだったししゃもが回遊してくる秋に/むらかれん
東名阪、と誰かが言えばそれぞれの透明人間包囲されたし/九条しょーこ
教室の壁に人数分の夢クリオネたちが半紙に眠る/村上なぎ
キリンだったわたしの前世この痣は柄の名残でブーツは蹄/むらかれん
その愚痴を思う存分聞かされて返事の途切れた手羽先かじる/九条しょーこ
駅前のティッシュ配りの給料が投げ銭制でちょっと心配/村上なぎ
鍵忘れ記憶ちぐはぐそんな日に大きなラムネをむさぼる、ぐふふ/むらかれん
ただ歳をとりたいざらついた傘を流れるように鎖骨に触れる/九条しょーこ
神さまはいつもみている山派だと即答すれば来世は陸橋/村上なぎ
聖飢魔Ⅱがお腹いっぱいになるように教会が配っている肉じゃが/むらかれん
カップラーメンの上に聖書を載せておくといいことあるよ ゲルニカになろう/村上なぎ
イノセンスを強いられ頷く聖職者と呼ばれし我の薄暗き部屋/九条しょーこ
 
朝に焼くししゃもの焦げた部分から崩れて今日が始まっていく/渡邉暉生
ファミレスで君の名前を記入する 君の名前で僕が呼ばれる/西村優紀
夏風邪に半びらかれるくちびるのすこしうかつな夢魔だねきみは/岐阜亮司
いつまでもブーツのことを長靴と言う父の背に小さな会釈/渡邉暉生
くもらせた眼鏡に一瞬だけ羽根が見えるすべてのものうつくしい/岐阜亮司
小銭入れがうるさい死ねと好きな子に言った三七度の廊下/西村優紀
通販の番組だけを一日中見る あざやかな終わりが欲しい/西村優紀
スピッツのチェリーをずっときいているあなた 流行りがわからなくなる/渡邉暉生
離陸するみたいなはやさ うしなつてしまつたひとばかりを好きになる/岐阜亮司
あなたが消滅してもあなたの記録たち残つてちやちな聖句みたいだ/岐阜亮司
犬みたくあなたに髪をぐしゃぐしゃにされる 聖火の灯る電球/西村優紀
雪虫がいなくても降る 粉雪は聖なる夜にしんしんと降る/渡邉暉生
 
 
 
九州大学短歌会
腹裂けて子持ちししゃもの子は溢れ動機未満の瞬間がくる/松本里佳子
本当のことはいつも分からないきみの名前に雨とあること/菊竹胡乃美
「おまえらの夢根こそぎ喰ふ!」胸に飼いならせない獏(バク)をかえしに 森へ/真崎愛
明日のためブーツに入れる五円玉フリーキックの選手の気持ち/菊竹胡乃美
どいつもこいつも流れるように付き合いだす特急電車が止まらない駅/菊竹胡乃美
はぁ誰かチューしてくれ俺の尻に聖なる尻にチューしてくれ/菊竹胡乃美
 
早稲田短歌会
信じれば叶うと聞いて給食のししゃもをしっぽからかじり続けた/関根一華
先輩の恋人の名前当てゲーム    正解にたどり着かず三月/大村咲希
この朝に死んでいたかもしれないね夢精したのも覚えてないし/谷村行海
元カノと抱き合うようにあと何度ブーツの紐を結ぶのだろう/谷村行海
羽根のある生き物たちに懐かれて暖かさもろとも逃げてほしい/関根一華
西陽なら入る病室    銭ゲバの父を言祝ぐ歌を歌った/大村咲希
何もない町で君とか好きだった   日焼けの跡がついては消えた/大村咲希
もう川の流れのようには生きられず血圧ばかり気になる目覚め/谷村行海
三叉路の行かない方に伸びる影    もう暗くなるし陸路で帰る/関根一華
腐る記憶、雨のグラウンドも教科書に抜粋された高野聖も/関根一華
教室で聖書を輪読した午後よ   捧げたり突き放したりした/大村咲希
聖欲がおさまらなくて昨日から祖父の位牌を食い尽くしたい/谷村行海
 
岡山大学短歌会
崩しても崩してもいのち箸先が死んだシシャモの腹をまさぐる/山田成海
羽をひとつ与へるやうに卒業のすべての子に配つてゐる名札/川上まなみ
私の投げる夢のかけらに白鳥がゆっくり集う音のない午後/森永理恵
旅先にスノーブーツを購へり夜の間に降る雪のため/川上まなみ
大企業に行く友人が手羽先に胡椒をかける ずっと上手に/森永理恵
銭湯のシャワーを浴びる友人の背中に来るべき結婚式/山田成海
祖父の死を知るよしもなく庭はあり鳩は何度も日を改める/森永理恵
水面に光はすんと佇んで川は流れを止めないでゐる/川上まなみ
きみの立つ陸地をふやすための逢瀬 シンクに新たな洗剤を置く/山田成海
聖五月讃へる歌よ母親に一人分なる丸き膨らみ/川上まなみ
「ご迷惑おかけします」が点滅しカラーコーンの聖域がある/森永理恵
どう考えてもきみは聖人走り書きされたさよならさえ美しい/山田成海

第3回大学短歌バトル2017

3月4日に行われた「【平成によみがえる歌合】第3回大学短歌バトル2017――学生短歌会対抗 超歌合」
放送で流れていた全歌/全判詞をまとめました。
確認はもちろんしたのですが、手作業なのでミスなどありましたらすみません。
2018年春に役立つことを祈って。


第一回戦 第一試合 大阪大学短歌会VS九州大学短歌会

先鋒戦「ししゃも」

焼きししゃも食む警備員 本日の夜間外来は銀の静けさ(大阪大学短歌会/佐原キオ)

腹裂けて子持ちししゃもの子は溢れ動機未満の瞬間がくる(九州大学短歌会/松本里佳子)

判詞
小島なお:九州
栗木京子:大阪
穂村弘:大阪


中堅戦「名」
「前職は手品師でして」渡すとき名刺を一度裏返す癖(大阪大学短歌会/あかみ)

本当のことはいつも分からないきみの名前に雨とあること(九州大学短歌会/菊竹胡乃美)

判詞
小島なお:大阪
栗木京子:大阪
穂村弘:九州


大将戦「夢」
淫夢見ぬ夢精の感覚のこしつつ遅れてはじまる校長訓話(大阪大学短歌会/渡邉瑛介)

「おまえらの夢根こそぎ喰ふ!」胸に飼い慣らせない獏をかえしに 森へ(九州大学短歌会/真崎愛)
*ルビ 獏=バク

判詞
小島なお:大阪
栗木京子:九州
穂村弘:九州


第一回戦 第二試合 早稲田短歌会VS神戸大学短歌会

先鋒戦「ししゃも」
信じれば叶うと聞いて給食のししゃもをしっぽからかじり続けた(早稲田短歌会/関根一華)

あの川辺で手を繋いだはずだったししゃもが回遊してくる秋に(神戸大学短歌会/むらかれん)

判詞
小島なお:神戸
栗木京子:神戸
穂村弘:神戸


中堅戦「名」
先輩の恋人の名前当てゲーム 正解にたどりつかず三月(早稲田短歌会/大村咲希)

東名阪、と誰かが言えばそれぞれの透明人間包囲されたし(神戸大学短歌会/九条しょーこ)

判詞
小島なお:早稲田
栗木京子:神戸
穂村弘:早稲田


大将戦「夢」
この朝に死んでいたかもしれないね夢精したのも覚えてないし(早稲田短歌会/谷村行海)

教室の壁に人数分の夢クリオネたちが半紙に眠る(神戸大学短歌会/村上なぎ)

判詞
小島なお:神戸
栗木京子:神戸
穂村弘:早稲田


第一回戦 第三試合 外大短歌会VS北海道大学短歌会
先鋒戦「ししゃも」
淫乱の神に夜空へ放たれて恵みのようにししゃも降るなり(外大短歌会/中山かれん)

朝に焼くししゃもの焦げた部分から崩れて今日が始まっていく(北海道大学短歌会/渡邉暉生)

判詞
小島なお:北海道
栗木京子:外大
穂村弘:北海道


中堅戦「名」
あざやかに花の名前を掠めとり君は世界を原始にかえす(外大短歌会/神谷俊太郎)

ファミレスで君の名前を記入する 君の名前で僕が呼ばれる(北海道大学短歌会/西村優紀)

判詞
小島なお:北海道
栗木京子:外大
穂村弘:外大


大将戦「夢」
懐かしい夢からさめる感触は燐寸の消える一瞬に似て(外大短歌会/北島洋)

夏風邪に半びらかれるくちびるのすこしうかつな夢魔だねきみは(北海道大学短歌会/岐阜亮司)

判詞
小島なお:北海道
栗木京子:外大
穂村弘:北海道


第一回戦 第四試合 岡山大学短歌会VS國學院二松學舍大學連合

先鋒戦「ししゃも」

崩しても崩してもいのち箸先が死んだシシャモの腹をまさぐる(岡山大学短歌会/山田成海)

全人類の母になりたい欲望を殺して晩のししゃもを運ぶ(國學院二松學舍大學連合/桜望子)

判詞
小島なお:岡山
栗木京子:國學院
穂村弘:岡山


中堅戦「名」
羽をひとつ与へるやうに卒業のすべての子に配つてゐる名札(岡山大学短歌会/川上まなみ)

ひとりきり菜の花畑に寝転んだ名前にくさかんむりが欲しくて(國學院二松學舍大學連合/乾遥香)

判詞
小島なお:岡山
栗木京子:岡山
穂村弘國學院


大将戦「夢」

私の投げる夢のかけらに白鳥がゆっくり集う音のない午後(岡山大学短歌会/森永理恵)

アイドルがセックスしても夢は夢 目覚めたら東京も朝だよ(國學院二松學舍大學連合/佐藤まどか)

判詞
小島なお:岡山
栗木京子:岡山
穂村弘國學院


第二回戦 第一試合 大阪大学短歌会VS神戸大学短歌会
先鋒戦「ブーツ」
昨晩の靴用カイロがあたたかいままのブーツで踏みつける柚子(大阪大学短歌会/あかみ)

キリンだったわたしの前世この痣は柄の名残でブーツは蹄(神戸大学短歌会/むらかれん)

判詞
小島なお:大阪
栗木京子:大阪
穂村弘:神戸


中堅戦「羽」
カラス飛ぶとき抜け落ちる羽ペンの軌跡が描く都市の輪郭(大阪大学短歌会/渡邉瑛介)

その愚痴を思う存分聞かされて返事の途切れた手羽先かじる(神戸大学短歌会/九条しょーこ)

判詞
小島なお:大阪
栗木京子:神戸
穂村弘:神戸


大将戦「銭」
わが体暴かれるとき銭湯のロッカーキーは光を湛う(大阪大学短歌会/佐原キオ)

駅前のティッシュ配りの給料が投げ銭制でちょっと心配(神戸大学短歌会/村上なぎ)

判詞
小島なお:大阪
栗木京子:大阪
穂村弘:大阪


第二回戦 第二試合 北海道大学短歌会VS岡山大学短歌会

先鋒戦「ブーツ」

いつまでもブーツのことを長靴と言う父の背に小さな会釈(北海道大学短歌会/渡邉暉生)

旅先にスノーブーツを購へり夜の間に降る雪のため(岡山大学短歌会/川上まなみ)

判詞
小島なお:北海道
栗木京子:岡山
穂村弘:岡山


中堅戦「羽」
くもらせた眼鏡に一瞬だけ羽根が見えるすべてのものうつくしい(北海道大学短歌会/岐阜亮司)

大企業に行く友人が手羽先に胡椒をかける ずっと上手に(岡山大学短歌会/森永理恵)

判詞
小島なお:北海道
栗木京子:北海道
穂村弘:岡山


大将戦「銭」
小銭入れがうるさい死ねと好きな子に言った三十七度の廊下(北海道大学短歌会/西村優紀)

銭湯のシャワーを浴びる友人の背中に来るべき結婚式(岡山大学短歌会/山田成海)

判詞
小島なお:岡山
栗木京子:岡山
穂村弘:岡山


勝戦 大阪大学短歌会VS岡山大学短歌会

先鋒戦「日」
まっさらな貸し出しカードを秘めたまま日に焼けていく文学全集(大阪大学短歌会/あかみ)

祖父の死を知るよしもなく庭はあり鳩は何度も日を改める(岡山大学短歌会/森永理恵)

判詞
小島なお:岡山
栗木京子:岡山
穂村弘:岡山


中堅戦「流」
科学者の臓器は貨物室のなか その熱攫ってゆけ乱流よ(大阪大学短歌会/渡邉瑛介)

水面に光はすんと佇んで川は流れを止めないでゐる(岡山大学短歌会/川上まなみ)

判詞
小島なお:岡山
栗木京子:大阪
穂村弘:岡山


大将戦「陸」
延々と忘れられなきオニユリは母の朱硯の陸のよそおい(大阪大学短歌会/佐原キオ)
*ルビ 陸=おか

きみの立つ陸地をふやすための逢瀬 シンクに新たな洗剤を置く(岡山大学短歌会/山田成海)

判詞
小島なお:大阪
栗木京子:岡山
穂村弘:岡山


エキシビション「聖」

先鋒戦
聖五月讃へる歌よ母親に一人分なる丸き膨らみ(岡山大学短歌会/川上まなみ)

聖書の表紙青かったこと 雪の日のブレザー燐寸の匂いしたこと(ゲスト歌人小島なお)

判詞
佐佐木幸綱歌人


中堅戦
「ご迷惑おかけします」が点滅しカラーコーンの聖域がある(岡山大学短歌会/森永理恵)

冷蔵庫のドアというドアばらばらに開かれている聖なる夜に(ゲスト歌人穂村弘)

判詞
佐佐木幸綱:岡山


大将戦
どう考えてもきみは聖人走り書きされたさよならさえ美しい(岡山大学短歌会/山田成海)

雪の夜の聖域ならむチューハイの缶置かれゐる電話ボックス(ゲスト歌人/栗木京子)

判詞
佐佐木幸綱歌人

伊舎堂仁トリビュート歌会

伊舎堂仁トリビュート歌会というものに参加しました。
しかも本人も参加。
伊舎堂さん、歌集の批評会をやったりパネリストしたりトークイベントやったり、今度は朗読もやるみたいですし、どうなってしまうんだ。



そもそもトリビュートって何だろう、と思って検索してみると、賛美、とかそういう意味が出てくる。
司会のへそさんは以前に穂村弘トリビュートも行っていて、その歌を見るとなんとなく納得できる部分もある。
雪舟えまトリビュートとか、穂村弘トリビュートとか、は確かに賛美なんだと思う。歌を作っていて、うれしい、とか近づける感じがする、とか陶酔、みたいな。
じゃあ伊舎堂仁トリビュートってなんなんだろ。
前者と圧倒的になにかが違う気がする。

次に、トリビュート歌とトリビュートされる元歌を並べて、一セットとして評するやりかた。
これもむずかしい。返歌ってどうしたら返歌なんだ。
①語句・キーワードを取ってくる
②作風を寄せる
③リズム・構文を同じにする
④言いたいこと・主張を寄せる
などなど……。
手段が多過ぎて、どれにしようか迷う。

そもそもどんな歌を出せば正解なのか。
伊舎堂さんっぽい歌、なのか、トリビュート歌としてよい歌とか、元歌とセットとして一番よい歌なのか、伊舎堂さんが喜ぶ・見て楽しむ歌なのか、とか。

こういった歌会ははじめてで、戸惑うことばっかりだった。


歌会では、なんとなく意識してつくったことを評で言ってもらえてよかったけれど、
自分の言った評は総じて語彙が貧弱だったので、もっとシャキッとした評がしたかった。

「一番伊舎堂さんっぽいな」と思って票を入れた歌が伊舎堂さんの歌で、
伊舎堂仁トリビュート歌会で、本人が本人っぽい歌を出して戦ってくるのは卑怯だな、と思った。
でもそれに勝てないのもなんか悔しい感じだった。

司会のため、参加者のため、トリビュート元作者のため、公開したときのため、とか、
目的がはっきりしてたらもっとやりやすいなぁと思った。
今回わたしは、公開したときのため、を意識して歌をつくったので、まだ成功したかどうかわかりません。

へそさんおもしろい歌会をありがとうございました。ひさびさに、「歌会~~~~~がんばるぞ~~~~~」って思った歌会でした。

はじめての人と話せたり、はじめての話題に触れたのが印象的でした。

楽しかったです。


横の部屋の人いないなぁと思って大きな声で喋っていたら、Skypeが終わってこっちが静かになった途端に動画を見る音が聞こえ始めて、申し訳なかった。

「かばん」四月号を読む

歌人集団「かばん」に所属してもうすぐ半年が経ちます。

なのにろくに歌も出せてないし本誌も読めてないというこの体たらく。

とりあえず一巡読むくらいはしていきたいです。がんばります。

東京でやっている歌会にもいつか参加してみたいな。

勝手に引用したので、引用しないでほしい人や、誤字などありましたらおしえてください。

毎号やりたいです。

 

 

好きだった歌引用

 

長い筆談にポケットは作り話で満たされドトールの冬(河野瑤/「偽・告白録」)

 

あたらしいねこにはすでに名があってただなじませてゆく手のかたち(東こころ/歯ぐき)

 

はじめからすぐ壊れると承知して百円店で買う羅針盤(漕戸もり/「紙の魚」)

 

満月は六つ?ときかれ六つだと答えるそれがあなたの世界(藤本玲未/「ボーナストラック」)

 

花も風もすべておまへよふりさけてひとりかゆかむ春のあけぼの(佐藤元紀/「閑適」)

 

四隅からだんだん季節奪われて古い写真の君のうつろい(若草のみち/「四隅」)

 

ふらふらと肩を貸しあいへろへろと千鳥を踏めば土星が輪っか(福島直広/「土星が輪っか」)

 

真夜中の図書館にいるこの俺はしんでいるんだやっとわかった(柳本々々/「本のお供え」)

 

見てごらんあんなに遠くの信号が今青だからもう間に合わないよ(戸田響子/「平和の園」)

 

攻撃は最大の防御のようにせつなさは最大のあいにく(杉世和科/「第一印象」)

 

君は魚 骨の形の美しい 歓びの字にほらここ似てる(都築つみ木/「僕vs君vs絶対」)

 

 

五首選

ニッポンのかたちになって寝るぼくを守ってくれるひとなどいない(飯島章友/「まひるまの魔球」)

 ニッポンのかたちになって眠ることはそんなに難しくない。北海道とか頭っぽいし。ニッポンめいて眠ることは、大きな存在になったようで誇らしいのかと思いきや、「守ってくれるひとなどいない」という結句に落ち着く。ニッポンは島国で、ぽつんと浮かんでいる様子が急に思い起こされて、印象的な歌だ。

 

 

雨の雨の雨の降る日の雨だれの青いワイシャツを着るのをやめる(石黒サトシ/「青」)

 雨のリフレインがすごい。the brilliant greenの楽曲「愛の♥愛の星」を思い出す。愛も雨も数えられない名詞なのに、それが重ねられると、周りをすべて取り囲まれていくような気がする。雨といういちめんの青に囲まれて、青いワイシャツを着るのをやめたひとは、きっと雨の中で目立っただろうな。情景がきれい。

 

小さいころ何回か見た風景がいつかはわたしをあるじにするの(柳谷あゆみ/「春休み」)

 「いつかわたしをあるじにする」という表現に驚く。「あるじにするの」の最後の「の」が、強い意志というか、絶対にそうなるという確信のようなものを含んでいるようで、パワーに圧倒されてしまう。歌の意味は取れなかったけれど、なにか大きな情熱のある歌。

 

持ち物を全部ピンクでそろえたらちょっとテンション上がってきたぞ(斎藤見咲子/「ハッピーライフ」)

 持ち物を全部ピンクでそろえる、ってヤバくないですか。雑誌とかで、ピンクコーデとかブルーコーデみたいなのありますけれど、ほんとうにそれ一色で生きていくってかなりの覚悟がいる。服ではなく持ち物っていうことは、継続的なコーディネートだし。この歌は<持ち物をピンクでそろえたら楽しいだろうな>→<持ち物をピンクでそろえたぞ!>→<テンション上がってきたぞ!>という流れがあるように思う。終始ハイテンションで、それで自分をしあわせにできているのだからすごい。

 

一羽ずつ日記代わりに折り上げた中でひときわ傾いた鶴(島坂準一/「一羽」)

 「日記代わりに」ということは、毎日一羽折っているのだと思う。色を変えたり、二羽つながっているやつにしたり、足がついてるのにしたり……とバリエーション豊かにしていったのかもしれないし、千羽鶴のように同じものをたくさん折ったのかもしれない。(歌の雰囲気的に後者っぽいなと思う) 毎日繰り返す中で、同じもののようだった折鶴にもかすかな差があることに気付く。この鶴は頷いているよう、この鶴は翼がへしゃげてる、というように。その中に「ひときわ傾いた鶴」がいたのだ。細かい観察がきれいな歌だ。

 

以上です。

 

 

 

モンハン好きから見たシン・ゴジラの生態

シン・ゴジラおもしろかったですね。
前回に続いてですけれど、ゴジラについて書きます。

(ゴジラシリーズを見たことがなくて、これがはじめてのゴジラ映画なので、にわかが書いてると思って読んでください)

観に行くまで、ゴジラって怪獣枠なイメージだったんですけれど、はじめてゴジラが日本に上陸するシーンではっと気づきました。
ゴジラ、生きてる……。

えーめっちゃかわいいじゃないですか~。

モンハン好きなわたしはもうめろめろです。

ゴジラの特に好きな生態的特徴について書いてみました。
ちなみにまったく根拠はありません!!! 
よろしくお願いします!!


◇序盤の赤い液体どばどば

まず上陸時に、首? なんていうの首から胸の辺りにかけてから、どばばっと赤い体液が流れるじゃないですか。

もうかわいい。

あの辺りって、魚でいうとえらのあたりで、(モンハン脳なので)竜とかでいうと毒袋とか火炎袋とかあるあたりじゃないですか?

っていうか動きがロアルドロスじゃん!! 

f:id:akaiakaikinomi:20160826014120g:plain

やーん喉の辺りをハンマーでばこんってしたい~~。

サイズもMH3の『巨大熊、山中を破壊す』クエストでのアオアシラを想起しますね。巨大不明生物討伐クエストしたいよ~~。

たぶん水棲生物から陸生になるにあたって、
①からだの重さを軽くする ②からだのなかの水分量を調節する ③熱い体液を放出することによって、からだを冷やす
みたいな効果があったんじゃないかな~。

ゴジラがのちに炎を吐くところから、(いくら体温が高いとはいえ体内に炎を有しているわけではないのだから)
からだのどこかに炎を生成する器官が絶対あるはず。

炎を吐くってことは、体内を炎が通るわけだから、自身にもダメージがあるはず。

リオレウスリオレイアはだから口に近い喉に火炎袋があるし、そこを壊されると炎が吐けない。

だからあのびらびらしたところの奥に火炎袋、というか放射能袋があると踏んだ。

だからこそ、そこに水が入ってちゃいけないから、水を放出したんじゃないかな? 


◇目

第二形態、初見のときは「な、なんじゃこら~~~ゴジラとぜんぜん違う~~~~」って感じだった。

えっ今作ずっとこの姿なの? よくみんなネタバレしなかったな……。とか思ってた。

目が大きく、濁っている。これって深海魚の目だよね。
深海で、明るさより暗さのなかで生活するための目だ。

かわいい~~~。陸地に出てびっくりしただろうな~~~~。
ゴジラよ~~これがひかりだよ~~~~。
お昼だよ~~~~~。

次の上陸では光に備えて瞳をちいさくしたのかな。
オオサンショウウオっぽくてかわいい……。

きっとどっちにしろ視力はあんまりなかったんじゃないかなぁ。


◇しっぽ

しっぽ上げてたっけ? なんかいままでのゴジラにしっぽ上げてるイメージなかった。
フィギュアとかでも、けっこう引きずってるタイプの姿じゃない?

しっぽあげたーーーーー!

f:id:akaiakaikinomi:20160826014120g:plain

ロアルドロスのうごきだよ~~~~。

あの上半身あげてびたんってするやつ。
頭狙ってると避けられなくて水状態になってハンマー大苦戦のやつ~~~~。

あいつは頭が重いから、いくら手足があっても、
それだけじゃ持ち上げきれないんだよね。
リスとかと一緒で、そこをしっぽでカバーしてるんじゃないかな~~~。

ゴジラなんてもう基本前のめりだし、しっぽがなかったら前にこてんって倒れちゃうんだろうな。

しっぽ切りてぇ~~~~。


◇割れた下顎

炎をだばだば吐いたあたりから、下顎が割れてる。

かわいい~~~~。

きっともう食事を必要としないからじゃないかなぁ。
体内の核分裂でエネルギーを得るから口は完全に発射口としての役割のみで、
だから顎が割れることより、きちんと大きく開けられること、ビームが照射できること特化したんじゃないのかなぁ……。

ってことは胃とか消化器官も少ないのかな……。
ってことはゴジラって糞とかしないんだね……。きれい……。

顎で思い出すのはやっぱりイビルジョーだけど、やつは食いちぎること、口を開くことに特化したから、口の横割けちゃってるし、あんないびつな体だし……。

f:id:akaiakaikinomi:20160826014634j:plain

そういう何かを切り捨てての進化、特化って萌えるよね。

あとビームがうまく撃てなくて、げほげほしているゴジラ愛しい。









ゴジラかわいいポイント、とりあえずこんな感じです。
生物として「ありそう」なんですよね。すごく。


ただ一個ぜんぜんわかんないのが、なんでしっぽからビーム出たんだ??
どういう器官構造なんだ……。

以上です。

シン・ゴジラと震災

シン・ゴジラは、すでにたくさん言われているだろうけれど、やっぱり震災の記憶を喚起する。海から来るものってことも大きい。

最初にゴジラが海からやってきて、ボートとか、そういうものを押し流しながら東京のほうへ向かっていくシーンとか、ほとんど津波だ。災害だ。

人々は、大きな誘導もないまま、適当に、ほうほうのていで、思うように逃げたり、写メを撮ったりしている。そういった、温度差、のようなものもぞっとするほどリアルに描いている。

なんでそんな書き方をしたんだろうと考えたときに、庵野監督だからじゃないかと思う。

震災のとき、ほとんどのCMが自粛された。娯楽は自粛の重みに押しつぶされていった。

そんなとき、エヴァンゲリオンに登場するヤシマ作戦にのっかった節電活動が、Twitterを中心に巻き起こった。

ただ節電を呼び掛けられるのではなく、アニメにのっけることで、前向きに、楽しんでできる。共同の信念を持って立ち向かうことができる。

そういった風潮に希望(もしくは絶望)を持ったのではないだろうか。

真偽はわからないけれど、震災のあのときに、あんな形でおおきくエヴァンゲリオンが、じぶんの作品が力を持ったことに対して、なにか感じるものがあったのではないだろうか。

そのときのうねりのような現象と、震災に対するアンサー、のような映画だと思う。

 

実際の震災と、ゴジラの描かれ方についてちょっとみていこうと思います。

 

◇巨大不明生物からゴジラ

ニュースで巨大不明生物とされていたゴジラは、牧教授の資料の発見により、ゴジラと呼称されることに。

登場人物たちは「こんなときに名称なんてどうでもいいだろ」「名前はついてることに意味があるんだ」みたいな会話をしていた。

それで思い出したんだけど(ソースが見つからなかったのだけど、)震災が起きたとき、その日のうちに震災の名前を決める委員会とか会議とかあったよね。気象庁だったのかなぁ。こんなときになにやってるんだよ、とかニュースを見て思った記憶がある。

わたしのようにそんな風に思っていたひとびとは、このセリフでふっと救われた部分もあると思う。緊急時だから、それに名前をつけて消化する必要があったのだ。

 

◇女性の活躍

カヨコ・アン・パタースン特使にしろ、花森防衛大臣にしろ、尾頭ヒロミさんにしろ、女性の活躍がとても目立つ。この映画を諸外国の人が見たとき、日本の政治に男性社会的なイメージは持たないだろうと思う。女性も臆することなく、上司に意見をし、対等に渡り合う、ということがふつうなのだ、というイメージを与える。

 

ゴジラに対して絶望しない

震災に対してもそうなのだけれど、地震が起きた日から、復興だのがんばれ東北だの、ポジティブに生きることをずっと強いられる。

ゴジラに対しても、対ゴジラ側は絶望して泣いたりしない。ひたすら対応し、対策を練り、抵抗する。時には不眠不休で、シャツさえ変えずに。それが日本人の美徳だから。

ワーカーホリックとか、休まない国とか、従来の諸外国の日本人観を上書きして、良いものにすり替えてしまう上手な書き方だと思う。

 

◇縦割り行政のすばらしさ

批判も多い縦割り行政だけれど、ゴジラ、という全省庁に影響を与える存在が現れたとき、全省庁がじぶんの省庁に必要なことをきちんとできる、という描き方をすることによって、縦割り行政のよい点が見えてくる。

巨大不明生物災害対策本部、通称巨災対のシーンでそれは顕著にあらわれてる。

いろんな省庁から人を集めてきているなかで、「これはうちの部署に持ち帰ります」とか、自分の所属や部署を強調するセリフがかなり多い。

日本人の所属意識を大事にして、他部署に関しては知らないけれどじぶんの部署に関してはきちんと責任を持つ、そしてじぶんのアイデンティティでありおおもとの所属である日本という国を守る、という構図になっている、と思う。

 

◇法律を守る

すぐに特例を作ってしまったり、法を曲げるのではなく、現行の法をゴジラに対応させていく方針。

法律がばばっと画面を覆いつくすシーンとか。

法律、というものが日本では変えてはいけないとても大事な守るべきもの、という描かれ方だと思う。

 

ほかにも外交政策についてとか、暗号みたいに長い会議名とか。

いろんな「日本ってへんな国」「おかしい国だ」って言われることに対して、たくさん説明をくれる映画だと思う。

きっとたくさんの国で翻訳されるだろう。エヴァンゲリオンひいては庵野監督は海外でも人気だろうし。

きっと日本の印象が津波や震災の映像で止まっている外国人はたくさんいると思う。そういったひとたちに届くこと、までを目標にしているんじゃないかな。

 

映像のイメージってすごく強力で、西部アメリカっていったら荒涼とした砂煙やカウボーイを想像しちゃったり、インドっていったら踊ってばっかりの楽しい国だって思ったり。ねむくてぱっと例が出てこないけれど。実際すぐに行って確認できる場所ばかりではないから、映像がイメージのすべてになってしまう。

ということを逆手に取って、すばらしい作品で、日本のいとしさを伝えているような。

日本ってぜんぜん悪い国じゃないんだよ。って叫んでくれているような映画だ。

 

シン・ゴジラ、とてもよかったですね。わたしには、日本という国まるごとに向けたラブレターみたいに思えてなりませんでした。たぶん、わたしたちの知らないところ日本をとても守る映画だと思います。

だから映画を見たあとありがとうって思ったよ。勝手に。

 

食事

わたしのなかで食べることと、料理があんまり結び付いていない。
彩りのためにパプリカを使いましょう、とかバジルをひとふり、みたいなことを、しているひとがたくさんいるのはわかるけど。
見ていてそれは料理か? 芸術では? みたいな疑問を抱いたことがあって、
料理にたいしてわたしが、材料を食べられるようにする、人間の口にあうようにする、としか思っていないことになんとなく気づいた。

父の趣味は釣りで、魚、というのは食材ではなくて、釣りざおや、ときには自分の身体を使って、なんとか捕まえてきたものなのだ。

ある日、海の磯辺のおおきな潮溜まり(潮が引いたとき、岩場の大きな穴に水がたまったままになったところ)に、イワシの大群が閉じ込められていて、
わたしと弟は立ち尽くしてしまった。

いつもの担当だと、父は釣りで魚をとるけど、弟は(たまにモリで魚をついたりしてたけど)だいたいは、食べられる貝を集める担当だったし、わたしはもとより貝や海草を集める担当だった。

イワシの大群。目に見えて無防備なところで渦のように泳いでいる。
わたしたちは虫取あみしか持っていなかったけれど、それを駆使してイワシをとろうとした。
弟が潮溜まりに飛び込もうとして、イワシといっしょに閉じ込められていたウツボに気づいた。

ウツボはこわい。咬まれたことはないけど、ぜったいに痛い。

ウツボは夢中になってイワシを追いかけていて、しっぽがたまに水上へ出たりしていた。

わたしと弟はウツボを避けながら、イワシを取りつづけた。虫取あみはへにょへにょの安いやつだったけど、掬えれば十分だった。

弟が虫取あみを置いて、モリを取り出した。
ふつうに潜っているときに、ウツボを突くのは危険だ。息継ぎのため水面に顔をあげている間に、足を噛まれるかもしれないし、一度外してしまえば、怒ったウツボがなにをするかわからない。

でも、いまウツボは潮溜まりに閉じ込められている。
頭の方を狙って、弟はウツボを突いた。成功だった。誇らしげに獲物を眺めていたら、近くにいた釣りびとが声をかけてきた。

ウツボを捕まえたのか、すごいなぁ。おれ、実はウツボが好きなんだ。骨が多くて食べにくいけど。これ、譲ってくれないか」

ウツボって食べられるのか。新事実に驚きつつも、釣りびとにウツボを渡した。
取ったはいいもののどうししたらいいかわからなかったから。
釣りびとは代わりに(なんの魚か忘れちゃったけど)魚をくれて、わたしと弟はたくさんのイワシと、釣りびとからもらった魚を持って、父のもとに帰った。
数えたら五十匹ちかかった。家に帰ってから父は捌きに捌き続け、捌ききり、その日はイワシフライだった。それからしばらくイワシ祭りは続いて、そのうち終わった。

スーパー鮮魚コーナー魚が並ぶ前に、たくさんの工程がある、ということに満足してしまうのかもしれない。
食材が捌かれてパックづめされたら、そこが終わりなのだ。その途方もない過程によって海から遠く離れたこんなスーパーに並んでいる。

そこから先があんまり思い付かないのだ。
すべての魚がそのまま食べることができたら、きっと刺身で食べ続けると思う。

ひとの料理の写真はとてもうつくしいし、あざやかだし、おいしそうだし、おいしいんだと思う。

けど海はもっとああざやかで、そこは生き物に溢れてて、びっくりする色の魚もいて、ひかりが差していて、きれいだ。

そのきれいさに圧倒されたまま、頭がぼおっとしてしまう。

なんちゃって。

ひとに「おおっ」って言われる料理を作りたいなぁ。と最近思う。