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第3回大学短歌バトル2017

3月4日に行われた「【平成によみがえる歌合】第3回大学短歌バトル2017――学生短歌会対抗 超歌合」
放送で流れていた全歌/全判詞をまとめました。
確認はもちろんしたのですが、手作業なのでミスなどありましたらすみません。
2018年春に役立つことを祈って。


第一回戦 第一試合 大阪大学短歌会VS九州大学短歌会

先鋒戦「ししゃも」

焼きししゃも食む警備員 本日の夜間外来は銀の静けさ(大阪大学短歌会/佐原キオ)

腹裂けて子持ちししゃもの子は溢れ動機未満の瞬間がくる(九州大学短歌会/松本里佳子)

判詞
小島なお:九州
栗木京子:大阪
穂村弘:大阪


中堅戦「名」
「前職は手品師でして」渡すとき名刺を一度裏返す癖(大阪大学短歌会/あかみ)

本当のことはいつも分からないきみの名前に雨とあること(九州大学短歌会/菊竹胡乃美)

判詞
小島なお:大阪
栗木京子:大阪
穂村弘:九州


大将戦「夢」
淫夢見ぬ夢精の感覚のこしつつ遅れてはじまる校長訓話(大阪大学短歌会/渡邉瑛介)

「おまえらの夢根こそぎ喰ふ!」胸に飼い慣らせない獏をかえしに 森へ(九州大学短歌会/真崎愛)
*ルビ 獏=バク

判詞
小島なお:大阪
栗木京子:九州
穂村弘:九州


第一回戦 第二試合 早稲田短歌会VS神戸大学短歌会

先鋒戦「ししゃも」
信じれば叶うと聞いて給食のししゃもをしっぽからかじり続けた(早稲田短歌会/関根一華)

あの川辺で手を繋いだはずだったししゃもが回遊してくる秋に(神戸大学短歌会/むらかれん)

判詞
小島なお:神戸
栗木京子:神戸
穂村弘:神戸


中堅戦「名」
先輩の恋人の名前当てゲーム 正解にたどりつかず三月(早稲田短歌会/大村咲希)

東名阪、と誰かが言えばそれぞれの透明人間包囲されたし(神戸大学短歌会/九条しょーこ)

判詞
小島なお:早稲田
栗木京子:神戸
穂村弘:早稲田


大将戦「夢」
この朝に死んでいたかもしれないね夢精したのも覚えてないし(早稲田短歌会/谷村行海)

教室の壁に人数分の夢クリオネたちが半紙に眠る(神戸大学短歌会/村上なぎ)

判詞
小島なお:神戸
栗木京子:神戸
穂村弘:早稲田


第一回戦 第三試合 外大短歌会VS北海道大学短歌会
先鋒戦「ししゃも」
淫乱の神に夜空へ放たれて恵みのようにししゃも降るなり(外大短歌会/中山かれん)

朝に焼くししゃもの焦げた部分から崩れて今日が始まっていく(北海道大学短歌会/渡邉暉生)

判詞
小島なお:北海道
栗木京子:外大
穂村弘:北海道


中堅戦「名」
あざやかに花の名前を掠めとり君は世界を原始にかえす(外大短歌会/神谷俊太郎)

ファミレスで君の名前を記入する 君の名前で僕が呼ばれる(北海道大学短歌会/西村優紀)

判詞
小島なお:北海道
栗木京子:外大
穂村弘:外大


大将戦「夢」
懐かしい夢からさめる感触は燐寸の消える一瞬に似て(外大短歌会/北島洋)

夏風邪に半びらかれるくちびるのすこしうかつな夢魔だねきみは(北海道大学短歌会/岐阜亮司)

判詞
小島なお:北海道
栗木京子:外大
穂村弘:北海道


第一回戦 第四試合 岡山大学短歌会VS國學院二松學舍大學連合

先鋒戦「ししゃも」

崩しても崩してもいのち箸先が死んだシシャモの腹をまさぐる(岡山大学短歌会/山田成海)

全人類の母になりたい欲望を殺して晩のししゃもを運ぶ(國學院二松學舍大學連合/桜望子)

判詞
小島なお:岡山
栗木京子:國學院
穂村弘:岡山


中堅戦「名」
羽をひとつ与へるやうに卒業のすべての子に配つてゐる名札(岡山大学短歌会/川上まなみ)

ひとりきり菜の花畑に寝転んだ名前にくさかんむりが欲しくて(國學院二松學舍大學連合/乾遥香)

判詞
小島なお:岡山
栗木京子:岡山
穂村弘國學院


大将戦「夢」

私の投げる夢のかけらに白鳥がゆっくり集う音のない午後(岡山大学短歌会/森永理恵)

アイドルがセックスしても夢は夢 目覚めたら東京も朝だよ(國學院二松學舍大學連合/佐藤まどか)

判詞
小島なお:岡山
栗木京子:岡山
穂村弘國學院


第二回戦 第一試合 大阪大学短歌会VS神戸大学短歌会
先鋒戦「ブーツ」
昨晩の靴用カイロがあたたかいままのブーツで踏みつける柚子(大阪大学短歌会/あかみ)

キリンだったわたしの前世この痣は柄の名残でブーツは蹄(神戸大学短歌会/むらかれん)

判詞
小島なお:大阪
栗木京子:大阪
穂村弘:神戸


中堅戦「羽」
カラス飛ぶとき抜け落ちる羽ペンの軌跡が描く都市の輪郭(大阪大学短歌会/渡邉瑛介)

その愚痴を思う存分聞かされて返事の途切れた手羽先かじる(神戸大学短歌会/九条しょーこ)

判詞
小島なお:大阪
栗木京子:神戸
穂村弘:神戸


大将戦「銭」
わが体暴かれるとき銭湯のロッカーキーは光を湛う(大阪大学短歌会/佐原キオ)

駅前のティッシュ配りの給料が投げ銭制でちょっと心配(神戸大学短歌会/村上なぎ)

判詞
小島なお:大阪
栗木京子:大阪
穂村弘:大阪


第二回戦 第二試合 北海道大学短歌会VS岡山大学短歌会

先鋒戦「ブーツ」

いつまでもブーツのことを長靴と言う父の背に小さな会釈(北海道大学短歌会/渡邉暉生)

旅先にスノーブーツを購へり夜の間に降る雪のため(岡山大学短歌会/川上まなみ)

判詞
小島なお:北海道
栗木京子:岡山
穂村弘:岡山


中堅戦「羽」
くもらせた眼鏡に一瞬だけ羽根が見えるすべてのものうつくしい(北海道大学短歌会/岐阜亮司)

大企業に行く友人が手羽先に胡椒をかける ずっと上手に(岡山大学短歌会/森永理恵)

判詞
小島なお:北海道
栗木京子:北海道
穂村弘:岡山


大将戦「銭」
小銭入れがうるさい死ねと好きな子に言った三十七度の廊下(北海道大学短歌会/西村優紀)

銭湯のシャワーを浴びる友人の背中に来るべき結婚式(岡山大学短歌会/山田成海)

判詞
小島なお:岡山
栗木京子:岡山
穂村弘:岡山


勝戦 大阪大学短歌会VS岡山大学短歌会

先鋒戦「日」
まっさらな貸し出しカードを秘めたまま日に焼けていく文学全集(大阪大学短歌会/あかみ)

祖父の死を知るよしもなく庭はあり鳩は何度も日を改める(岡山大学短歌会/森永理恵)

判詞
小島なお:岡山
栗木京子:岡山
穂村弘:岡山


中堅戦「流」
科学者の臓器は貨物室のなか その熱攫ってゆけ乱流よ(大阪大学短歌会/渡邉瑛介)

水面に光はすんと佇んで川は流れを止めないでゐる(岡山大学短歌会/川上まなみ)

判詞
小島なお:岡山
栗木京子:大阪
穂村弘:岡山


大将戦「陸」
延々と忘れられなきオニユリは母の朱硯の陸のよそおい(大阪大学短歌会/佐原キオ)
*ルビ 陸=おか

きみの立つ陸地をふやすための逢瀬 シンクに新たな洗剤を置く(岡山大学短歌会/山田成海)

判詞
小島なお:大阪
栗木京子:岡山
穂村弘:岡山


エキシビション「聖」

先鋒戦
聖五月讃へる歌よ母親に一人分なる丸き膨らみ(岡山大学短歌会/川上まなみ)

聖書の表紙青かったこと 雪の日のブレザー燐寸の匂いしたこと(ゲスト歌人小島なお)

判詞
佐佐木幸綱歌人


中堅戦
「ご迷惑おかけします」が点滅しカラーコーンの聖域がある(岡山大学短歌会/森永理恵)

冷蔵庫のドアというドアばらばらに開かれている聖なる夜に(ゲスト歌人穂村弘)

判詞
佐佐木幸綱:岡山


大将戦
どう考えてもきみは聖人走り書きされたさよならさえ美しい(岡山大学短歌会/山田成海)

雪の夜の聖域ならむチューハイの缶置かれゐる電話ボックス(ゲスト歌人/栗木京子)

判詞
佐佐木幸綱歌人

伊舎堂仁トリビュート歌会

伊舎堂仁トリビュート歌会というものに参加しました。
しかも本人も参加。
伊舎堂さん、歌集の批評会をやったりパネリストしたりトークイベントやったり、今度は朗読もやるみたいですし、どうなってしまうんだ。



そもそもトリビュートって何だろう、と思って検索してみると、賛美、とかそういう意味が出てくる。
司会のへそさんは以前に穂村弘トリビュートも行っていて、その歌を見るとなんとなく納得できる部分もある。
雪舟えまトリビュートとか、穂村弘トリビュートとか、は確かに賛美なんだと思う。歌を作っていて、うれしい、とか近づける感じがする、とか陶酔、みたいな。
じゃあ伊舎堂仁トリビュートってなんなんだろ。
前者と圧倒的になにかが違う気がする。

次に、トリビュート歌とトリビュートされる元歌を並べて、一セットとして評するやりかた。
これもむずかしい。返歌ってどうしたら返歌なんだ。
①語句・キーワードを取ってくる
②作風を寄せる
③リズム・構文を同じにする
④言いたいこと・主張を寄せる
などなど……。
手段が多過ぎて、どれにしようか迷う。

そもそもどんな歌を出せば正解なのか。
伊舎堂さんっぽい歌、なのか、トリビュート歌としてよい歌とか、元歌とセットとして一番よい歌なのか、伊舎堂さんが喜ぶ・見て楽しむ歌なのか、とか。

こういった歌会ははじめてで、戸惑うことばっかりだった。


歌会では、なんとなく意識してつくったことを評で言ってもらえてよかったけれど、
自分の言った評は総じて語彙が貧弱だったので、もっとシャキッとした評がしたかった。

「一番伊舎堂さんっぽいな」と思って票を入れた歌が伊舎堂さんの歌で、
伊舎堂仁トリビュート歌会で、本人が本人っぽい歌を出して戦ってくるのは卑怯だな、と思った。
でもそれに勝てないのもなんか悔しい感じだった。

司会のため、参加者のため、トリビュート元作者のため、公開したときのため、とか、
目的がはっきりしてたらもっとやりやすいなぁと思った。
今回わたしは、公開したときのため、を意識して歌をつくったので、まだ成功したかどうかわかりません。

へそさんおもしろい歌会をありがとうございました。ひさびさに、「歌会~~~~~がんばるぞ~~~~~」って思った歌会でした。

はじめての人と話せたり、はじめての話題に触れたのが印象的でした。

楽しかったです。


横の部屋の人いないなぁと思って大きな声で喋っていたら、Skypeが終わってこっちが静かになった途端に動画を見る音が聞こえ始めて、申し訳なかった。

「かばん」四月号を読む

歌人集団「かばん」に所属してもうすぐ半年が経ちます。

なのにろくに歌も出せてないし本誌も読めてないというこの体たらく。

とりあえず一巡読むくらいはしていきたいです。がんばります。

東京でやっている歌会にもいつか参加してみたいな。

勝手に引用したので、引用しないでほしい人や、誤字などありましたらおしえてください。

毎号やりたいです。

 

 

好きだった歌引用

 

長い筆談にポケットは作り話で満たされドトールの冬(河野瑤/「偽・告白録」)

 

あたらしいねこにはすでに名があってただなじませてゆく手のかたち(東こころ/歯ぐき)

 

はじめからすぐ壊れると承知して百円店で買う羅針盤(漕戸もり/「紙の魚」)

 

満月は六つ?ときかれ六つだと答えるそれがあなたの世界(藤本玲未/「ボーナストラック」)

 

花も風もすべておまへよふりさけてひとりかゆかむ春のあけぼの(佐藤元紀/「閑適」)

 

四隅からだんだん季節奪われて古い写真の君のうつろい(若草のみち/「四隅」)

 

ふらふらと肩を貸しあいへろへろと千鳥を踏めば土星が輪っか(福島直広/「土星が輪っか」)

 

真夜中の図書館にいるこの俺はしんでいるんだやっとわかった(柳本々々/「本のお供え」)

 

見てごらんあんなに遠くの信号が今青だからもう間に合わないよ(戸田響子/「平和の園」)

 

攻撃は最大の防御のようにせつなさは最大のあいにく(杉世和科/「第一印象」)

 

君は魚 骨の形の美しい 歓びの字にほらここ似てる(都築つみ木/「僕vs君vs絶対」)

 

 

五首選

ニッポンのかたちになって寝るぼくを守ってくれるひとなどいない(飯島章友/「まひるまの魔球」)

 ニッポンのかたちになって眠ることはそんなに難しくない。北海道とか頭っぽいし。ニッポンめいて眠ることは、大きな存在になったようで誇らしいのかと思いきや、「守ってくれるひとなどいない」という結句に落ち着く。ニッポンは島国で、ぽつんと浮かんでいる様子が急に思い起こされて、印象的な歌だ。

 

 

雨の雨の雨の降る日の雨だれの青いワイシャツを着るのをやめる(石黒サトシ/「青」)

 雨のリフレインがすごい。the brilliant greenの楽曲「愛の♥愛の星」を思い出す。愛も雨も数えられない名詞なのに、それが重ねられると、周りをすべて取り囲まれていくような気がする。雨といういちめんの青に囲まれて、青いワイシャツを着るのをやめたひとは、きっと雨の中で目立っただろうな。情景がきれい。

 

小さいころ何回か見た風景がいつかはわたしをあるじにするの(柳谷あゆみ/「春休み」)

 「いつかわたしをあるじにする」という表現に驚く。「あるじにするの」の最後の「の」が、強い意志というか、絶対にそうなるという確信のようなものを含んでいるようで、パワーに圧倒されてしまう。歌の意味は取れなかったけれど、なにか大きな情熱のある歌。

 

持ち物を全部ピンクでそろえたらちょっとテンション上がってきたぞ(斎藤見咲子/「ハッピーライフ」)

 持ち物を全部ピンクでそろえる、ってヤバくないですか。雑誌とかで、ピンクコーデとかブルーコーデみたいなのありますけれど、ほんとうにそれ一色で生きていくってかなりの覚悟がいる。服ではなく持ち物っていうことは、継続的なコーディネートだし。この歌は<持ち物をピンクでそろえたら楽しいだろうな>→<持ち物をピンクでそろえたぞ!>→<テンション上がってきたぞ!>という流れがあるように思う。終始ハイテンションで、それで自分をしあわせにできているのだからすごい。

 

一羽ずつ日記代わりに折り上げた中でひときわ傾いた鶴(島坂準一/「一羽」)

 「日記代わりに」ということは、毎日一羽折っているのだと思う。色を変えたり、二羽つながっているやつにしたり、足がついてるのにしたり……とバリエーション豊かにしていったのかもしれないし、千羽鶴のように同じものをたくさん折ったのかもしれない。(歌の雰囲気的に後者っぽいなと思う) 毎日繰り返す中で、同じもののようだった折鶴にもかすかな差があることに気付く。この鶴は頷いているよう、この鶴は翼がへしゃげてる、というように。その中に「ひときわ傾いた鶴」がいたのだ。細かい観察がきれいな歌だ。

 

以上です。

 

 

 

モンハン好きから見たシン・ゴジラの生態

シン・ゴジラおもしろかったですね。
前回に続いてですけれど、ゴジラについて書きます。

(ゴジラシリーズを見たことがなくて、これがはじめてのゴジラ映画なので、にわかが書いてると思って読んでください)

観に行くまで、ゴジラって怪獣枠なイメージだったんですけれど、はじめてゴジラが日本に上陸するシーンではっと気づきました。
ゴジラ、生きてる……。

えーめっちゃかわいいじゃないですか~。

モンハン好きなわたしはもうめろめろです。

ゴジラの特に好きな生態的特徴について書いてみました。
ちなみにまったく根拠はありません!!! 
よろしくお願いします!!


◇序盤の赤い液体どばどば

まず上陸時に、首? なんていうの首から胸の辺りにかけてから、どばばっと赤い体液が流れるじゃないですか。

もうかわいい。

あの辺りって、魚でいうとえらのあたりで、(モンハン脳なので)竜とかでいうと毒袋とか火炎袋とかあるあたりじゃないですか?

っていうか動きがロアルドロスじゃん!! 

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やーん喉の辺りをハンマーでばこんってしたい~~。

サイズもMH3の『巨大熊、山中を破壊す』クエストでのアオアシラを想起しますね。巨大不明生物討伐クエストしたいよ~~。

たぶん水棲生物から陸生になるにあたって、
①からだの重さを軽くする ②からだのなかの水分量を調節する ③熱い体液を放出することによって、からだを冷やす
みたいな効果があったんじゃないかな~。

ゴジラがのちに炎を吐くところから、(いくら体温が高いとはいえ体内に炎を有しているわけではないのだから)
からだのどこかに炎を生成する器官が絶対あるはず。

炎を吐くってことは、体内を炎が通るわけだから、自身にもダメージがあるはず。

リオレウスリオレイアはだから口に近い喉に火炎袋があるし、そこを壊されると炎が吐けない。

だからあのびらびらしたところの奥に火炎袋、というか放射能袋があると踏んだ。

だからこそ、そこに水が入ってちゃいけないから、水を放出したんじゃないかな? 


◇目

第二形態、初見のときは「な、なんじゃこら~~~ゴジラとぜんぜん違う~~~~」って感じだった。

えっ今作ずっとこの姿なの? よくみんなネタバレしなかったな……。とか思ってた。

目が大きく、濁っている。これって深海魚の目だよね。
深海で、明るさより暗さのなかで生活するための目だ。

かわいい~~~。陸地に出てびっくりしただろうな~~~~。
ゴジラよ~~これがひかりだよ~~~~。
お昼だよ~~~~~。

次の上陸では光に備えて瞳をちいさくしたのかな。
オオサンショウウオっぽくてかわいい……。

きっとどっちにしろ視力はあんまりなかったんじゃないかなぁ。


◇しっぽ

しっぽ上げてたっけ? なんかいままでのゴジラにしっぽ上げてるイメージなかった。
フィギュアとかでも、けっこう引きずってるタイプの姿じゃない?

しっぽあげたーーーーー!

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ロアルドロスのうごきだよ~~~~。

あの上半身あげてびたんってするやつ。
頭狙ってると避けられなくて水状態になってハンマー大苦戦のやつ~~~~。

あいつは頭が重いから、いくら手足があっても、
それだけじゃ持ち上げきれないんだよね。
リスとかと一緒で、そこをしっぽでカバーしてるんじゃないかな~~~。

ゴジラなんてもう基本前のめりだし、しっぽがなかったら前にこてんって倒れちゃうんだろうな。

しっぽ切りてぇ~~~~。


◇割れた下顎

炎をだばだば吐いたあたりから、下顎が割れてる。

かわいい~~~~。

きっともう食事を必要としないからじゃないかなぁ。
体内の核分裂でエネルギーを得るから口は完全に発射口としての役割のみで、
だから顎が割れることより、きちんと大きく開けられること、ビームが照射できること特化したんじゃないのかなぁ……。

ってことは胃とか消化器官も少ないのかな……。
ってことはゴジラって糞とかしないんだね……。きれい……。

顎で思い出すのはやっぱりイビルジョーだけど、やつは食いちぎること、口を開くことに特化したから、口の横割けちゃってるし、あんないびつな体だし……。

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そういう何かを切り捨てての進化、特化って萌えるよね。

あとビームがうまく撃てなくて、げほげほしているゴジラ愛しい。









ゴジラかわいいポイント、とりあえずこんな感じです。
生物として「ありそう」なんですよね。すごく。


ただ一個ぜんぜんわかんないのが、なんでしっぽからビーム出たんだ??
どういう器官構造なんだ……。

以上です。

シン・ゴジラと震災

シン・ゴジラは、すでにたくさん言われているだろうけれど、やっぱり震災の記憶を喚起する。海から来るものってことも大きい。

最初にゴジラが海からやってきて、ボートとか、そういうものを押し流しながら東京のほうへ向かっていくシーンとか、ほとんど津波だ。災害だ。

人々は、大きな誘導もないまま、適当に、ほうほうのていで、思うように逃げたり、写メを撮ったりしている。そういった、温度差、のようなものもぞっとするほどリアルに描いている。

なんでそんな書き方をしたんだろうと考えたときに、庵野監督だからじゃないかと思う。

震災のとき、ほとんどのCMが自粛された。娯楽は自粛の重みに押しつぶされていった。

そんなとき、エヴァンゲリオンに登場するヤシマ作戦にのっかった節電活動が、Twitterを中心に巻き起こった。

ただ節電を呼び掛けられるのではなく、アニメにのっけることで、前向きに、楽しんでできる。共同の信念を持って立ち向かうことができる。

そういった風潮に希望(もしくは絶望)を持ったのではないだろうか。

真偽はわからないけれど、震災のあのときに、あんな形でおおきくエヴァンゲリオンが、じぶんの作品が力を持ったことに対して、なにか感じるものがあったのではないだろうか。

そのときのうねりのような現象と、震災に対するアンサー、のような映画だと思う。

 

実際の震災と、ゴジラの描かれ方についてちょっとみていこうと思います。

 

◇巨大不明生物からゴジラ

ニュースで巨大不明生物とされていたゴジラは、牧教授の資料の発見により、ゴジラと呼称されることに。

登場人物たちは「こんなときに名称なんてどうでもいいだろ」「名前はついてることに意味があるんだ」みたいな会話をしていた。

それで思い出したんだけど(ソースが見つからなかったのだけど、)震災が起きたとき、その日のうちに震災の名前を決める委員会とか会議とかあったよね。気象庁だったのかなぁ。こんなときになにやってるんだよ、とかニュースを見て思った記憶がある。

わたしのようにそんな風に思っていたひとびとは、このセリフでふっと救われた部分もあると思う。緊急時だから、それに名前をつけて消化する必要があったのだ。

 

◇女性の活躍

カヨコ・アン・パタースン特使にしろ、花森防衛大臣にしろ、尾頭ヒロミさんにしろ、女性の活躍がとても目立つ。この映画を諸外国の人が見たとき、日本の政治に男性社会的なイメージは持たないだろうと思う。女性も臆することなく、上司に意見をし、対等に渡り合う、ということがふつうなのだ、というイメージを与える。

 

ゴジラに対して絶望しない

震災に対してもそうなのだけれど、地震が起きた日から、復興だのがんばれ東北だの、ポジティブに生きることをずっと強いられる。

ゴジラに対しても、対ゴジラ側は絶望して泣いたりしない。ひたすら対応し、対策を練り、抵抗する。時には不眠不休で、シャツさえ変えずに。それが日本人の美徳だから。

ワーカーホリックとか、休まない国とか、従来の諸外国の日本人観を上書きして、良いものにすり替えてしまう上手な書き方だと思う。

 

◇縦割り行政のすばらしさ

批判も多い縦割り行政だけれど、ゴジラ、という全省庁に影響を与える存在が現れたとき、全省庁がじぶんの省庁に必要なことをきちんとできる、という描き方をすることによって、縦割り行政のよい点が見えてくる。

巨大不明生物災害対策本部、通称巨災対のシーンでそれは顕著にあらわれてる。

いろんな省庁から人を集めてきているなかで、「これはうちの部署に持ち帰ります」とか、自分の所属や部署を強調するセリフがかなり多い。

日本人の所属意識を大事にして、他部署に関しては知らないけれどじぶんの部署に関してはきちんと責任を持つ、そしてじぶんのアイデンティティでありおおもとの所属である日本という国を守る、という構図になっている、と思う。

 

◇法律を守る

すぐに特例を作ってしまったり、法を曲げるのではなく、現行の法をゴジラに対応させていく方針。

法律がばばっと画面を覆いつくすシーンとか。

法律、というものが日本では変えてはいけないとても大事な守るべきもの、という描かれ方だと思う。

 

ほかにも外交政策についてとか、暗号みたいに長い会議名とか。

いろんな「日本ってへんな国」「おかしい国だ」って言われることに対して、たくさん説明をくれる映画だと思う。

きっとたくさんの国で翻訳されるだろう。エヴァンゲリオンひいては庵野監督は海外でも人気だろうし。

きっと日本の印象が津波や震災の映像で止まっている外国人はたくさんいると思う。そういったひとたちに届くこと、までを目標にしているんじゃないかな。

 

映像のイメージってすごく強力で、西部アメリカっていったら荒涼とした砂煙やカウボーイを想像しちゃったり、インドっていったら踊ってばっかりの楽しい国だって思ったり。ねむくてぱっと例が出てこないけれど。実際すぐに行って確認できる場所ばかりではないから、映像がイメージのすべてになってしまう。

ということを逆手に取って、すばらしい作品で、日本のいとしさを伝えているような。

日本ってぜんぜん悪い国じゃないんだよ。って叫んでくれているような映画だ。

 

シン・ゴジラ、とてもよかったですね。わたしには、日本という国まるごとに向けたラブレターみたいに思えてなりませんでした。たぶん、わたしたちの知らないところ日本をとても守る映画だと思います。

だから映画を見たあとありがとうって思ったよ。勝手に。

 

食事

わたしのなかで食べることと、料理があんまり結び付いていない。
彩りのためにパプリカを使いましょう、とかバジルをひとふり、みたいなことを、しているひとがたくさんいるのはわかるけど。
見ていてそれは料理か? 芸術では? みたいな疑問を抱いたことがあって、
料理にたいしてわたしが、材料を食べられるようにする、人間の口にあうようにする、としか思っていないことになんとなく気づいた。

父の趣味は釣りで、魚、というのは食材ではなくて、釣りざおや、ときには自分の身体を使って、なんとか捕まえてきたものなのだ。

ある日、海の磯辺のおおきな潮溜まり(潮が引いたとき、岩場の大きな穴に水がたまったままになったところ)に、イワシの大群が閉じ込められていて、
わたしと弟は立ち尽くしてしまった。

いつもの担当だと、父は釣りで魚をとるけど、弟は(たまにモリで魚をついたりしてたけど)だいたいは、食べられる貝を集める担当だったし、わたしはもとより貝や海草を集める担当だった。

イワシの大群。目に見えて無防備なところで渦のように泳いでいる。
わたしたちは虫取あみしか持っていなかったけれど、それを駆使してイワシをとろうとした。
弟が潮溜まりに飛び込もうとして、イワシといっしょに閉じ込められていたウツボに気づいた。

ウツボはこわい。咬まれたことはないけど、ぜったいに痛い。

ウツボは夢中になってイワシを追いかけていて、しっぽがたまに水上へ出たりしていた。

わたしと弟はウツボを避けながら、イワシを取りつづけた。虫取あみはへにょへにょの安いやつだったけど、掬えれば十分だった。

弟が虫取あみを置いて、モリを取り出した。
ふつうに潜っているときに、ウツボを突くのは危険だ。息継ぎのため水面に顔をあげている間に、足を噛まれるかもしれないし、一度外してしまえば、怒ったウツボがなにをするかわからない。

でも、いまウツボは潮溜まりに閉じ込められている。
頭の方を狙って、弟はウツボを突いた。成功だった。誇らしげに獲物を眺めていたら、近くにいた釣りびとが声をかけてきた。

ウツボを捕まえたのか、すごいなぁ。おれ、実はウツボが好きなんだ。骨が多くて食べにくいけど。これ、譲ってくれないか」

ウツボって食べられるのか。新事実に驚きつつも、釣りびとにウツボを渡した。
取ったはいいもののどうししたらいいかわからなかったから。
釣りびとは代わりに(なんの魚か忘れちゃったけど)魚をくれて、わたしと弟はたくさんのイワシと、釣りびとからもらった魚を持って、父のもとに帰った。
数えたら五十匹ちかかった。家に帰ってから父は捌きに捌き続け、捌ききり、その日はイワシフライだった。それからしばらくイワシ祭りは続いて、そのうち終わった。

スーパー鮮魚コーナー魚が並ぶ前に、たくさんの工程がある、ということに満足してしまうのかもしれない。
食材が捌かれてパックづめされたら、そこが終わりなのだ。その途方もない過程によって海から遠く離れたこんなスーパーに並んでいる。

そこから先があんまり思い付かないのだ。
すべての魚がそのまま食べることができたら、きっと刺身で食べ続けると思う。

ひとの料理の写真はとてもうつくしいし、あざやかだし、おいしそうだし、おいしいんだと思う。

けど海はもっとああざやかで、そこは生き物に溢れてて、びっくりする色の魚もいて、ひかりが差していて、きれいだ。

そのきれいさに圧倒されたまま、頭がぼおっとしてしまう。

なんちゃって。

ひとに「おおっ」って言われる料理を作りたいなぁ。と最近思う。

石井賞本を読む

▽前置き
先日書いたとおり、授賞式に参加したのですが。
その二次会で、その場にいた選考員の石井僚一さんと寺井龍哉さんが、参加者の応募作に対して評を話してくれる、ということがありました。

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応募作の束、と寺井さんのピース。
内容はもちろん非公開でしたが、厚さだけ写真を撮らせてもらいました。すごい重量。

参加者の方々は順々に評をもらってけっこう盛り上がっていたのですが、
わたしの番になったとき、石井さんもけっこう話ずらそうで、「この連作はねー……うーん」みたいな感じでした。

二三川さんの応募作に、「もしかしたら二三川練のかも?」みたいなメモがあってめちゃ羨ましかったのですが。
わたしの応募作に書いてあったのは「保留」。石井さんはぜんぶの応募作をを二周読んだそうですから、二周目に決める、みたいな「保留」、なのかなと思います。

へこみました。やっぱりな、ってことを、きちんと言ってもらえたのはとてもよかったです。
お陰で、あんまり読めてなかった「石井賞本」もようやくずるずる読めるようになってきました。
あきらめ、みたいな感じ。

それからやっと山本まともさんと齊藤見咲子さんのキャスを聞いて、わあーおもしろいなーとか思っていたら、
わたしもちょっとずつなにか言いたくなってきた。
ので、書きます。


▽「ひかりさす」のひらがな率

「ひらがなを多用し、誰にでもわかる表現で詠まれた、まるで絵本のような文体をもつ一連で、それが柔らかい印象を与える(石井/9p)」


「ひかりさす」はひらがなが多い。とてもおおい。
数えてみたのですが、
「ひかりさす」15首の文字数は449文字、そのうち漢字が30文字、ひらがなが419文字、カタカナはゼロ文字である。
一首あたりの平均は、29.9文字、漢字2文字、ひらがな27.9文字である。

次席のやまだわるいこさんの「21歳」で見ると、
全17首のなかで、文字数は455文字、漢字は133文字、ひらがなが277文字、カタカナ45文字。
一首あたりの平均は、文字数26.7文字、漢字が7.8文字、ひらがなは16.2文字、カタカナは2.6文字である。

わからなくなってきたのでまとめると。
「ひかりさす」(15首)一首あたり平均30文字、漢字率6.6パーセント、ひらがな率93パーセント。
「21歳」(17首)一首あたり平均26.7文字、漢字率29.2パーセント、カタカナ率9.8パーセント、ひらがな率60.8パーセント。

だと思います。たぶん。数えることと計算が多すぎて、混乱してるけど、
たぶんこれくらいの数値だと思います。

パッと見でもわかりますが、数値でみると、もうめちゃめちゃにひらがなだなーという印象。あと一首31音が定型の短歌において、一首の平均文字数が30文字(31文字の歌が5首ある)というのはけっこう珍しいのでは、と思った。

▽文体と人格

情田さんも石井さんも「ひかりさす」に対してかなり肯定的だけれど、二人の意見はもう徹底的にちがう、と私は思っていて、
石井さんは「歌から声がきこえる。(9p)」として、この連作において呼びかけてくる<誰か>の存在を見ているのに対して、
情田さんは「大人の短歌として勝負してほしい(57p)」と述べていて、これはどういうことなのかよくわからなかったけれど、ひらがなだから子供っぽいというだけではなくて、フェイクさ? みたいなものに対しての言及だと思う。
大人だから漢字を使う、とかではなくて、普段文字を書くときにわたしたちはふつうこんなにひらがなを使わない、からこの文体は意図された作為的なものである、ということを指しているのかなと思う。
(これはこの間お会いしたときに本人にきけばよかった! 全然違かったらごめんなさい)

石井さんは、<人格を持った誰か>が<誰か自身の言葉>で語りかけてくる連作だと取ったのに対して、
情田さんと、<作者>が<ひらがなが多い文体>で呼びかけていること、その文体のかんせいどへの感動? みたいな感じかな、というのを読んでいて思った。
寺井さんは「作者の顔、固有性が見えない(59p)」とあるように、<誰か>が見えるほど切実には感じられなかったのかなと思う。

▽文体と内容

「ぱっと見わかるとおりひらがなが多い文体で誰にでもわかるような内容で書かれています。(石井/57p)」

この発言がひっかかる。「ひらがなが多い文体」はわかるけれど、「誰にでもわかるような内容」なのかな。
この「わかる」がどういうニュアンスで発されたか、この文章じゃわかりにくいけれど、たぶん石井さんは<①(誰にでも)言葉の意味が理解しやすい>、<②書かれている状況、内容がわかりやすい>、<③内容の意図していることがわかりやすい>の三つのわかりやすいを混ぜた、「誰にでもわかる」なのかなと思う。

①は、57p上段で、意味がわかりやすい単語・名詞を述べていることから、②は同ページの上段最後らへんから。③は57p中段の「わりばしを~」の歌への解釈あたりとかから、読み取れる。

でも③までいけるひとって結構限られているんじゃないかな、と思った。

情田さんは「輪郭のない語彙(9p)」とか言葉の具体化されてなさについて、つまり文体のすごさについて語っているけれど、③の内容の意図とかではなく、「カメラのように安定した視線(91p)」とか、「原初的な祈り(58p)」みたいな文体がもたらす効果みたいなものに注目しているのだと思う。

山本さんと斎藤さんのキャスでは、斎藤さんが結構③の内容の意図に対してわからないですね、みたいなコメントを多くしていたのだと思う。
この③の理解段階までたどり着けるかが、この連作にめちゃめちゃハマるかハマらないかを大きく分けているのかなと思った。

▽聖書と「ひかりさす」

なにを書きたいかよくわからなかってきた。
だれが得するんだろこれ。

突然だけど聖書っていうベストセラーがあるんですね。
聖書は、キリスト教のひとが読むもの、という印象がありますが、
ふつうに物語として読む人も多いですね。
物語として読む人は、セリフのかっこよさとか、出てくるモチーフの良さとか、物語としての面白さとかを楽しむわけです。
でも、教典として読む人の楽しみ方はほんまヤバいんですね。
前に教会に遊びに行って、キリスト教の方々と聖書を読む会に参加したのですが、
一節に含まれていた「(女性がキリストの言葉に)傾聴していた」という言葉ひとつに20分くらい話していました。
なんかこう、<わたしたちはキリストという神を信じている>という前提を持って読むと、聖書のことばはひとつひとつがとても輝いて見えるわけです。動詞一つですら。

啓示、という言葉があって、「人間の力では知ることのできない宗教的真理を、神が神自身または天使など超自然的存在を介して人間へ伝達すること。天啓。(デジタル大辞泉)」という意味なんですけれど、これは神や天使側だけの呼びかけだけじゃなくて、
受け取る側に受け取る準備や受け取りたいという欲求があるからの、「啓示」だと思うんですよ。

わたしはこの「ひかりさす」は啓示にちかい効果をもっているな、と思います。

山本さんと斎藤さんのキャスで、「ひかりが差す、というのは暗い場所にひかりが差すからそういう言い方になる」みたいな発言もありました。

この<ひかり>が<さす>のは、連作を読んだ人に対しての<ひかり>なんじゃないのかな。
この<ひかり>を求めていることが、この啓示を受け取る条件、みたいなかんじ。

全員に届く連作じゃないからこそ、よけい輝く連作なんじゃないかなと思う。


▽連作の視点について思うこと

わたしはあまり寺井さんの評に賛同できなかった。59pの上段あたりのところとか。この連作において、生きたいという気持ち→不安→前を向くみたいな流れを持ってつくられている、というか、それに重きを置いている感じがあんまりしなかった。

情田さんの言うような「作者の揺らぎなさ、カメラのように安定した視線(91p)」によって「(こんなのは1首だけ出てきてもなんじゃそれってなるんだけど、)この一連の流れ、積み重ねてきた肯定の果てにこれ(注:2首目のこと)を言うと、本当にこの歌が正しいような気がしてくるというか、信じさせられていく」みたいなところに強さがあるように感じた。

HEROさんが制作した漫画やイラストを公開している「読解アヘン」というHPがあって、そこで公開されている漫画に「視界の端のアリス」という漫画がある。
主人公は漫画を描くのが好きで、とてもとてもネガティブなのだが、彼女にだけ見える彼女と同じ名前の女の子が、主人公がネガティブなことを考えるたびにポジティブなことを言う、みたいな感じ。

わたし(読み手)にだけ見える/聞こえるお助けキャラ、みたいな感じだなーと思った。
ミルモでポン!」みたいな。必要なときに初めて姿をあらわす、みたいな。

1首1首がどうという感じじゃなくて、ほんとうに連作としてひとつのことを伝えている連作だと思う。

▽好きな一首
「すこしずつおぼえあっていくことがうれしい きらきらひかる自転車」

きらきらひかる自転車、は買ったばかりだからきらきらひかるわけではないと思う。
この歌はなにかを「おぼえあっ」た直後の歌だと思う。
この「おぼえあっていく」は<覚えた>よりずっと希望にみちあふれてる。
<覚えた>はルールとわたしの認知というか、ルールがあって、それを知る。なにか知識があって、それを覚える、という感じ。
だけど、たぶん普段覚えられる側である、ルールとか知識とかは<覚える>ことはしないと思う。
「おぼえあっていく」の<~しあう>相手は、だれか人とか、感情を持った存在との分かち合いだと思う。だれかの存在とともにいることがわかるから、とてもやさしい感じ。
そういった経験を経たあと、感情を持った存在ではない、物質、モノとしての「自転車」をみたときにきらきらしてみえた、という歌ではないかと思う。
「うれしい」や「きらきらひかる」といったいわゆるベタな語彙なのだけど、「おぼえあっていく」というちょっと耳慣れない言葉が一首を際立たせているのだと思う。


▽さいごに

四千文字くらい書いたけど、書きたかったことはこれじゃない感がすごい。

あと、寺井さんの「選考に寄せて」が日本のハードボイルド警察小説みたいでとてもとてもかっこいい。読んでてびっくりした。





ほしみゆえさん受賞ほんとうにおめでとうございます。